家畜ふん堆肥のパイオニア
本多勝男先生
これから未来の堆肥のお話

家畜ふん堆肥は、
氏素性が明確な「天然有機肥料」

本多先生は、畜産環境整備機構 環境技術相談室長を長きにわたって務められ、現在は畜産環境アドバイザーとして国内外における講演や研修を通じ、畜産家・農家さんへの技術指導にあたられています。とりわけ、家畜ふん堆肥の研究、啓蒙・普及活動に40年近く取り組まれてこられた、まさに第一人者です。
先生の言葉をお借りすれば、平成11年の農業基本法の改正が、日本の農業の大きな転換点になったと。それ以前は、農作物の「増産・増量」を主眼に、安くて効果の高い化学肥料を畑にめいっぱい与えていました。結果、田畑の土は糖尿病ともいえる栄養過多に。このままではまずい、と「環境保全・持続型農業の推進」へ舵が切られ、減化学肥料・減農薬が求められるようになったと。そこから、消費者の安心・安全志向の高まりもあって、堆肥の需要拡大につながってきたのだといいます。
家畜ふん堆肥は、なにを食べさせ、なにが入っているか明確で、検査もしっかり受けている、いうなれば氏素性のはっきりした「天然有機肥料」。しかしながら、堆肥は田畑に塩害をもたらす(牛ふん堆肥の場合、含まれる塩基類はわずか1%。そもそも塩基類とは、いわゆる塩ではない)といわれたり。「こうした誤解を払拭し、使い方の改善に貢献することが私の務め」、ときっぱり語られました。

比重調整と切り返し作業が、
完熟堆肥づくりのカギ

まずは、完熟堆肥をきちんと定義づけておきましょう、と本多先生。堆肥化とは、家畜ふんを微生物が分解すること。さらにいうと、ふんの中の腐りやすい有機物を微生物が酸化分解するのですが、その際に発生する発酵熱によって病原菌や雑草の種子が死滅し、水分も蒸発。そうして腐りやすい有機物の分解を終え、腐りにくい有機物と灰分、残り水分の混合物となったものを、完熟堆肥と呼ぶのだそうです。有機物をすべて分解してしまっては、無機物だけの化学肥料と同じになり、有機農業を行うことができなくなってしまう。堆肥の価値は含まれている有機物にあるのだから、腐りにくい有機物は残しておかなければならないのだと。
では、どうすれば、良質な完熟堆肥ができるのか。堆肥化には、酸素と適度な水分が必要なため、ふんにオガクズなどを混ぜ、通気性がよくなるよう隙間をつくり、ふんわりと山積みに。この通気性をしっかりと確保するうえでカギとなるのが、混ぜる材料との比重調整。目安は、10ℓのバケツに混合物を入れ、重さ6.5kg程度になるように。そう調整できれば、必ず活発な堆肥化発酵が起こります、と断言されました。
もうひとつ、山の切り返しも、できるだけ頻繁にと。山の表面をつくり直す、この作業を行うほど、まんべんなく酸素にふれて、発酵が早く進むから。月に1回切り返し、完熟化まで5カ月近くかかっているのだとしたら、毎週行うことで期間を半分くらいに短縮できるはずだと。その分、堆肥舎のスペースも縮小でき、いいことづくめだから、ぜひともと推奨されました。

写真上:三浦試験場における栽培試験
写真下:堆肥施用のちがいによるレタスの生育状況。左から、堆肥8年施用区、堆肥単年施用区、化学肥料区。

完熟堆肥が、土と作物にもたらす効果は

土づくりとは、作物にとってよい土をつくることにほかなりません。そのためには、水分と空気と養分を適度に含み、気温や日照、雨などの影響をやわらげる緩衝機能にすぐれていることが不可欠です。
完熟堆肥には、チッ素、リン、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどに加え、鉄、亜鉛、銅、マンガン、ホウ素などの微量要素も含まれていて、作物への総合的な養分供給源に。また、田畑の微生物、とりわけ粘性の菌を増やして、土壌団粒化を促進。これにより、土がフカフカして作物の根が伸びやすくなり、通気性、排水性、保水性を両立しつつ向上してくれる。
さらに、土の化学性の改善や、微生物・虫などの増殖により土壌本来の緩衝能力も高める。「根がよく伸び、丈夫であれば、養分を吸収しやすく、病害にも強い。試験場などからの写真を見て、さすがにここまでちがいは? と思いましたが、信頼する後輩からのものだったので」と目を細められました。

完熟堆肥は、地域の農業を救う

「堆肥は、わざわざ輸送費をかけて届けてもらうものではありません。ですから、地域には堆肥を提供する畜産家がいなければならない。それがあってはじめて、農業の活性化がはかれ、耕畜連携を進めることもできる」。
東京や神奈川をはじめ、都市部で畜産家が減少する現状とこれからを心配しつつ、だからこそ良質な完熟堆肥をつくっていくこと。それをきちんと商品であると認識し、販売努力をしていかねば、と先生は訴えます。そのためには、良質な完熟堆肥のサンプルを配布したり。袋詰めにして価値を高め、販路を広げたり。アイデアを絞り、新たな可能性を導き出す、後押しをしていきたいと。
「農家さんからの堆肥へのニーズが高まっている、いまこそチャンス。若い人たちを中心に、土壌についてしっかり勉強される方も増えてきている。土の成分診断に基づき、必要な肥料を計算して施すような。完熟堆肥は天然有機肥料、といえどもバランスが大事だから」。