東京都産の誇りをその名に、
「東京和牛」

大きくなるだろう雌牛を
描いた通りに育てる仕事

「雌牛でここまで大きいのは、なかなかいない」。歩留が高く、枝肉で600kg超えを次々と。きめ細かな肉質で、脂の質、サシのバランスもいい。竹内牧場の頃から、わたしたちが生産する牛は、そう評されてきました。カギは、大きく3つあります。まず、素牛の見極め。次に高い肥育技術。そして、牛にとってストレスの少ない環境です。この3点についての取り組みをお話していきたいと思います。大きくなるだろう雌牛を買い付け、イメージした通りの姿に仕上げていくには、どれ一つとして、欠かすことができません。そのために、日々の仕事の蓄積があるのです。

血統の研究と、眼力

2カ月に一度、岩手の素牛市場に出かけ、3日間で約400頭の牛を見て、20頭ほどを買い付けてきます。わたしたちは竹内牧場以来、長年蓄積してきた膨大なデータをもちます。この父牛と母牛の交配した子は何kgに育ち、歩留いくつで、ロースやバラの太さ、皮下脂肪厚はこうというような。しかし、素牛はむずかしい。不確定な要素が大きすぎる。何しろ、日本の和牛はものすごい速さで進化しています。データを基に今回はこの牛を、という目星は予め付けておくのですが、やはり間近で見てからでないと決めらません。顔が長い。口が大きい。背中、肩幅が広い。背丈が高い。そうした大きくなる牛の素養はもちろん、プラスを見抜く眼力が必要となります。あまり注目されていない血統でも、これは!と思ったら買い付け。結果、予測した以上に大きくなることもあり、出会いを逃すわけにはいきません。

変えてきたことと、
変わらないこと

日本が誇る黒毛和牛は改良を重ね、昔に比べはるかに大型化しています。サシも十分入ります。なかでも雌の方が去勢よりも肉質がよく、おいしい。有名な松阪牛もすべて雌です。これを見習い、わたしたちは10年前より去勢の肥育から、雌牛へと切り替えてきました。一方で、和牛のすぐれた点は脂肪の融点の低さにあり、それが「とろけるようなお肉」となる、この育成方針に変わりはありません。要因としてはまず性、去勢より雌の方が融点は低い。次に月齢、若牛より月齢が経った方がよい。松阪牛などが、皆30カ月齢以上の長期肥育をしているのはそのためです。また、生時の体重が重く、食い込みがよく大量のNSC(澱粉)を摂取できる健康な牛ほど融点が低くなるといわれます。わたしたちは、とりわけ「食い込みがよく健康な牛」を育てることにこだわってきました。結果、誕生したのが、雌牛でありながら大きさと品質を兼ね備える「東京和牛」です。
実は、神戸牛など昔からのブランド和牛をはじめ、業界では和牛の雌は小さい方が好まれ、大きい牛を嫌います。しかしながら、わたしたちは、この日本の和牛業界の慣習に挑みます。なぜなら、大きい雌牛の方がおいしいし、コストパフォーマンスにもすぐれると信じるからです。事実、そうなるように、ここまで品種改良を重ね、肥育技術を磨いてきたのですから。

ストレスをかけず、健やかに

牧場見学に来た人からよく聞くのが「きれい!」、ニオイも気にならないと。牛はとてもデリケートなのに文句一つもいわないので、牛舎をこまめに清掃し、寝床やえさ箱、地下水を汲みあげて与える水槽など、清潔に保つよう心がけています。実に地味な努力ですが。また、うちの牛たちはとてものんびりしているとも。ふつうは知らない人を見かけると、一斉に立ち上がるものらしいですが、変わりなくリラックスしているのだと。この辺りは、緑が多く、クルマの通りも少ない。静かな環境が、牛たちによけいなストレスを与えていないのかもしれません。
ただ、そんな中にあっても、牛たちの体調にはつねに目を光らせています。必ず血液検査を行い、人間と同様、コレステロールやγ-GTPなどの値をチェックし健康に気づかっています。大きな牛は、寝たまま起き上がれないとガスが溜まってしまい命に関わることにもなりかねないため、夜間の見廻りも欠かせません。こうして365日、200頭の牛の世話に奮闘しています。それでも、市場に送り出す時にはいつも思います。もっと手をかけてやりたかった、「ごめんね」と。

若い牛には青草を与えているが、13〜14カ月齢になると肉にサシをいれるため稲ワラに切り替える。脂肪の柔らかさも、色や口どけも、飼料によって変わってくるから、配合のサジ加減がモノをいう。

「東京和牛」を、真のブランド牛へ

わたしたちの牧場は、山合いということもあって土地は狭く、広げることがむずかしい。あたりまえのことですが、都下ならではの周囲への気づかいもいります。そんな条件下にあっても、今日まで和牛肥育の技術的な実力だけを頼みに生き残ってきました。しかしながら、東京で和牛が生産されていることはほとんど知られておらず、ブランド力もないに等しいとさえいえます。「秋川牛」「東京ビーフ」として、肉質のよさは市場や一流シェフたちに認められてきたものの、一般的にはまだまだ知名度が足りません。
そうした現実を打ち破るには、ここで一流、かつオリジナルの和牛が生産されていることの認知を広げ、ブランド力を向上させることが不可欠。また、生産効率を高め、肥育技術の継承にも努めていかなければなりません。東京の和牛の灯を、絶対に消さない。「東京和牛」を、日本の真のブランド牛と認知させる。ここまで切り拓き、育んできた自負に、さらにさらなる情熱を傾け、突き進んでいきます。